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「できる」と「わかる」。周りからできることってなんだろう?

こんばんは、あそび堂の福原です。

前回のGEMSに関連し、続編のような形で書いていきます。

(※記事は考察ベースです。あらかじめご了承ください。)

前回記事はこちら

 

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「できる」と「わかる」の学び

 

「できる」は”knowing how”、「わかる」は”knowing what”ともいえ、

知識付与型の学びと、参加体験型の学び、ともいえるでしょうか。

青山学院大の苅宿教授のワークショップデザイナー育成のなかでのお話をお借りするならば、

「できる」については行動主義学習観、「わかる」については認知主義学習観といえます。

(苅宿教授はもうひとつ、「わかちあう」という社会構成主義学習観を交えながら論じておられます。これも大切なのですが、今回は置いておきます。)

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では、少し話を戻し、数学(の授業)っぽい「できる」とは違った、数学っぽくない「わかる」学びのために周りができることはあるのかな?と考えてみます。

それは大きく2つあるのではないかと考えています。

その1.概念化できる具体的な体験を得られる(与える・提供する)こと

その2.学習者(子どもたち)にとって、学び価値のあるものだと認識されていること

 

 

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その1.概念化できる具体的な体験とは、言い換えれば、概念化される前の原体験を経験していること。

Kolbの経験学習モデルという、<具体的経験→省察→概念化→試行>の学習サイクルがあります。(試行→具体的経験のつながるサイクルになっています。)

経験学習==わかる学習ということではないのですが、「わかる」のための学びのプロセスとして大事にしたい考え方です。

この中にある「具体的経験を提供すること」が、周りが関与できる唯一のことのように思えるのです。

そして具体的経験とは、すごいものをつくったり難しい計算をしたりすることではなく、身の回りにおきていることだっていいんだと思います。

たとえば、ゲームの中で起きたことだって、お散歩をしているときだって、お片づけをしているところだってよくて、

大切なのは側にいる人(親やその他のオトナ)が具体的経験を共有したうえで、省察や概念化を促していけることだと考えています。

 

その点を、あそび堂で取り入れているもののなかでご紹介するならば、

知育玩具やアナログゲームは親子一緒にあそぶことで、その先の概念化された学びへの導入がスムーズになることを意識しており、

プログラミングについては優れた言語環境の中で自分の思い描く世界を構築し、コンピュータという厳格な規則と共に学習サイクルをまわしていきます。(伴走者はコンピュータとファシリテーターの2つとなります)

さらにGEMSは基本的に親子で参加していただき具体的経験を共有していただいたうえで、省察や概念化のプロセスまで一緒に経験していただいています。

 

ゲーム・遊びの体験でも、プログラミングでも、料理だってなんだっていいのかもしれません。

周りのオトナとの共通言語として具体的経験をもつことが、深くて広い「わかる」学びの世界へつながるのだと考えています。

 

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その2.学習者にとって、学ぶ価値のあるものだと認識されていること。

これは、「わかる」ために必要な要素というよりも、「わかる」地点まで行き着くためのガソリンのようなものだと考えています。

先日のボードゲームのすごろくやさんのセミナーで、『そのゲームがおもしろいかどうかはプレイヤーに取って遊び甲斐のあるゲームであることが重要』と言われていてまさにそうだと感じていたのですが、この言葉、〔ゲーム→学び〕〔プレイヤー→学び手〕〔遊び→学び〕に変えても当てはまるのでは?と思っています。

構築主義のシーモア・パパート(LOGOの開発者)も、『自分に取って意味のあることに没頭することによって、人は新しい知識を組み立てていくもの』との主張をされています。

この中で大事なのは社会通念だったり理想だったりするのではなく、あくまで「学習者に取って」「自分にとって」ということです。個人的であり情緒的なものであると言えます。

そしてこれを「子どもたちにとって」に置き換えると、ゲームや遊び道具、コンピュータなどは多くの子どもたちにとって強い興味の対象です。(もちろんすべての子どもたちという訳ではありませんが)

あそび堂で取り扱うものは、何か気になる、何かおもしろそうという遊びのような見た目の学びへの入り口です。

「わかる」学びは自立した学びとも言えます。そのなかで「わかる」という地点までたどりつけるように興味をひき、学習者に取って学ぶ価値のあるもの、教材や学習対象だと認識されていることは、その世界を知っていく上で必要な要素と言えるのではないでしょうか。

 

 

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以上、GEMS開催中に発してくれた一言から、とても長い文章になってしまいました。その一言に考える機会をくれてありがとう、と感謝を送ります。

私自身も世界を深く広く捉え正しく伝えるために、子どもたちに負けず日々学習し探求し続けていきたいです。

 

本日もお読みいただきありがとうございます^^*

 

reserve

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